なぜ人は泥沼から抜け出せないのか?ギャンブル依存症を考える

なぜ人は泥沼から抜け出せないのか?ギャンブル依存症を考える

春先に、世間を揺るがす大ニュースが飛び込んできました。
今季MLBロサンゼルス・ドジャースに移籍した大谷翔平選手の通訳、水原一平氏がギャンブルの負債を埋めるために大谷選手の口座から約7億円を送金したとして球団を解雇されたというのです。
どうやって送金したのか、大谷選手はこのことを知っていたのか。
現段階では明らかになっていないことが多いこの事件ですが、何より世間がショックだったのは、いかにも人のよさそうな水原氏がギャンブルで首が回らない状態になっていたということでしょう。
解雇される直前、水原氏はロッカールームで同僚の選手たちを前に「自分はギャンブル依存症です」と告白したと言います。
ギャンブル依存症───。
競艇ファンにとっても他人事ではないこの病気について考えてみます。

依存症は脳の報酬系に関わる病気

依存症とは、脳の中にある「報酬系」と呼ばれる快楽を感じる部位の病気です。
その症状は、特定の刺激や安心感にのめりこみ、やめられなくなっていくうちに脳の回路に変化が生じ、日常生活に支障を生じている状態です。
依存症には大きく分けて「行為依存」と「物質依存」があります。
行為依存は特定の行為がやめられないもので、「ギャンブル依存」「買い物依存」「セックス依存」といったものが代表例です。
美容整形を何十回も受け続けている、あるいは病的に万引きがやめられないというのも行為依存の一種と言われています。
これに対して物質依存は、例えばアルコールやタバコ、カフェインといった嗜好品、覚醒剤などの薬物がやめられない依存症です。
これらに加えて近年問題化しているのがSNSやオンラインゲームなどネットへの依存で、これを「関係依存」と分類する人もいます。
依存症は本人も依存症と気づいていない場合が多く、また他人にそれを指摘されても認めない傾向があります。
ここで理解しておかなければならないことは、本人の意思が弱い、あるいはだらしないから依存行為をやめられないのではありません。
自分で自分のコントロールがきかなくなっている状態ですから、これはもう精神疾患ということなのです。

容易に得られる快感から離れられなくなる

冒頭で依存症は脳の「報酬系」の病気だと述べましたが、報酬系は脳の腹側被蓋野から扁桃核に伸びている神経系を指し、この神経回路が強く働くことによって依存が形成されると考えられています。
報酬系を担っている神経伝達物質(脳内の神経伝達に関わる物質)は、ドーパミンです。
食事を食べて美味しいと感じる、他人に何かをしてあげて感謝される、いずれの場合も報酬系は刺激を受けてドーパミンを分泌し満足を感じます。
そうすると人は再び満足感を得たいと思い、それをしようという意欲が出ます。
しかし、努力や工夫によってではなく、もっと簡単に満足を得る方法があるならばそちらを求める人も出て来ます。
これが依存の発端で、正常な報酬系の機能が容易に得られる刺激に乗っ取られてしまい、本来の生産的な生活ができなくなってしまっている状態です。
嫌なことを忘れるためにギャンブルに走る、アルコールを飲む、あるいは買い物をしてその場の爽快感を得たりオンラインゲームで万能感を追い求めたりする。
脳は刺激が得られる行為を素早く学習し、本人の意志と関係なく反復するクセがついてしまいます。
さらに脳の機能が変化して、ギャンブル依存ならばギャンブルをしていないときはドーパミンが分泌されず、落ち込んだ気分にさえなってしまいます。
その気持ちを上げるために、薬のようにギャンブルを繰り返すようになるのです。

罪悪感があるからこそ依存症が悪化する

ギャンブル依存の経験者は語ります。
「ギャンブルの真っ最中は頭の中が『ギャンブルに勝てばすべての問題は解決できる』となっているんです。
だから家族の関係も仕事もお金のことも、ギャンブルに勝てばチャラになる、大丈夫だと妙な期待がずっと頭の中にある感じですね。
僕も近しい人のお金を盗んだことがあるのですが、罪悪感はすごくあるんですよ。
ただ『次に勝って返せば大丈夫』と、悪い自覚すらも巧妙に入れ替えてしまうんです」

借金がかさむなどすれば家族にもばれます。
そんなとき、家族がこれを肩代わりすると逆効果になる可能性もあると、ギャンブル依存症の人々をサポートする関係者が言います。
「身内の方が借金の肩代わりをすると、返さなきゃいけないという認識になって、それ以上のものをギャンブルで取り返そうとする心理が働きます。
これが、逆に当事者をエスカレートさせる原因になってしまうんですよ」

渦中の水原氏は、数日間で証言が二転三転し人格を疑う声も上がっていますが、これもギャンブル依存症の典型的な症状です。
こちらも関係者の言葉を借りて解説します。
「借金を取り戻すためにギャンブルをやるしかないという強迫観念にかられた精神状態にあって、追い詰められていますから、ギャンブルをやるためにはどんな嘘でもつくようになり、その嘘がどんどんひどくなります。
嘘をついて悪いと思ってはいるのですが、もはや自覚の有無を問う精神状態ではなく、本人は借金を取り戻そうととにかく必死なんです」

3人の発言に共通するのは、依存症の人に罪悪感はあるということでしょう。
ギャンブルに走って周囲に迷惑をかけた、そのことを申し訳ないと思う。
身内に負債を肩代わりしてもらった自分の不甲斐なさを情けなく思う。
そのストレスから逃れるためにまたギャンブルしてしまう。
これが依存症を悪化させていくサイクルであり、さらにその過程で家族の共依存という別の不幸をも生み出してしまうのです。

依存症の治療は認知の歪みをただすこと

繰り返しますが、依存症は病気です。
意志を強く持てば治るなどと言う人もいますが、病気ですから正しい治療や処置をしなければ回復は困難です。
むしろ依存症は「完治のない病気」とも言われており、脳が依存症になる前の状態に戻ることは難しいのが現実です。
それでも、依存症からの回復のために様々な治療法が研究されており、国や自治体をあげてサポートする体制もあります。
以下に代表的な依存症治療の方法を紹介します。

医療機関で多く用いられているのが心理療法です。
心理療法にも様々な手法があるのですが、その中の「認知行動療法」が依存症に有効であるとされています。
認知行動療法では、自分にとっての引き金、考え方の癖、行動の連鎖に気づき、意識的に対処するスキルを練習します。
例えば「イライラしていたときにパチンコをしたらスッキリした」といった、いつの間にか身についてしまった依存行動と報酬の因果関係を学習し直すのです。
すなわち、「ギャンブルすればワクワクする」といった誤った認知を修正し、「私はギャンブルがなくても大丈夫」というように、依存していたものの力ではなく、自分の問題解決能力を信じられるようにするのです。
また、必要に応じて薬物療法が併用される場合もあります。
依存症の人は病的な鬱状態になってることが多いので抗鬱薬が補助的に使用されます。
また、ギャンブル依存の患者にアルコール依存等で使われるオピオイド受容体気光薬という快感を得にくくさせる薬物を使うガイドラインもあります。

依存症患者をサポートする会も治療の一環として重視されています。
アルコール依存の山口達也さんや薬物依存の治療を続けている田代まさしさんらの有名人が、そのような会で講演しているのをニュースなどで見た方もいるでしょう。
依存症の当事者が集まって互いに体験談や自分の内面を語る、言語化する訓練をする、そうするとサポートを得やすく依存行為に至りにくいと言えます。
このような、仲間とのコミュニケーションを通じて依存症を克服する活動を「ピアサポート」と言います。
ストレスが溜まった時に自分で感情を表現する、辛さを吐露する、愚痴を言う、助けを求める、そういったことができると危険な状態に至る前にガス抜きができて、依存行為になってもほどほどで済みます。
反対に人に言えない、言う相手がいないということで内に籠ってしまうと悪循環を加速してしまうのがギャンブル依存症の特徴です。

まとめ 誰もが他人事ではないという自覚を

ある調査によると、日本国内で過去1年間にギャンブルをしたことがある人の約6%、すなわち17人に1人が ギャンブル依存症という統計があります。
当然「予備軍」はその何倍もいるわけですが、ちょっとしたきかっけで依存症の側に落ちてしまう可能性は誰にもあります。
依存症予備軍の人を他人が見分けることはほとんど不可能です。
水原氏は米国の報道機関のスクープにより問題が明るみに出ましたが、それまでの彼に心の「闇」を感じていた人などいるでしょうか。
ギャンブルに限らず依存症の治療には本人の納得と、それを促す家族や周囲のサポート、そして言うまでもなく医師の指導が必要です。
ギャンブルというものは、基本的に依存症を生み出しやすい仕組みです。
ギャンブルで依存にならないためには、予算を決めて小遣いの範囲以上はやらないといったルールを自分なりに設定するのが良いと言われています。
自分でブレーキをかけられるうちは大丈夫、それが「甘く」なってきたと思ったらギャンブルからあえて遠ざかる、自分は危ない状態だと家族に打ち明ける等々、何とかして踏みとどまることを心がけましょう。

最後に余談ですが、ギャンブル依存から抜け出すためには一度どん底まで落ちること、「もう失うものは何もない」という状態を認めることが大事だと言われます。
自分のプライドや友人関係など、守りたいものがあれば依存症の人は嘘をついて少しでも自分の体面を繕おうとします。
けれども、もう誰も自分を信用などしていないと自覚できれば、嘘をつく必要もないので治療を受け入れることができるのです。
アルコール依存症の治療に本人が酔って暴れたり暴言を吐いたりしているところをビデオに撮影して見せるという手法がありますが、これはその考えに基づくものです。
また、水原氏に関して大谷選手は記者会見で「彼が嘘をついてお金を盗んだ」と容赦ない言葉を口にしていましたが、これは水原氏にとって良かったと医療関係者は語ります。
もし大谷選手が「僕は彼の無実を信じます」などと綺麗ごとを言ったら、水原氏はさらに嘘を重ねるかも知れません。
ギャンブル依存には時に厳しく接することが有効と言えるでしょう。

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Posted by 競艇の鬼