「不正の仕組み」からボートレースへの理解が深まる皮肉

「不正の仕組み」からボートレースへの理解が深まる皮肉

競艇に関する書籍は多くない。
試しにAmazonの「本」で「競艇」「競馬」「競輪」「オートレース」を検索したところ、「競艇」7,000件以上、「競馬」10,000件以上、「競輪」4,000件以上、「オートレース」993件という件数であった。
公営ギャンブルの人気度をそのまま反映しているようだが、やはり一番人気があるのは競馬で、レースの手引き書や研究本ばかりでなく、競馬をモチーフとした小説があれば、馬や騎手についての本も多い。
『ウマ娘』のようなゲームやアニメに発展した作品があれば、ハルウララのような弱いことが取り柄の馬もいて、しっかり映画にもなっている。
要するに、競馬にはドラマやロマンがあるのだ。

競艇、競輪、オートレースと、書籍検索でヒットする件数が少なくなるほどに、出てくるのは「必勝法」である。
競艇は漫画『モンキーターン』が金字塔を打ち立てたが、ドラマやロマンがあるのはそのくらいで、ファンにとって競艇とは「稼いでナンボ」の身も蓋もない世界であることがよくわかる。

そんな中、「競艇」で書籍検索すると上位に出現するノンフィクション作品がある。
競艇と暴力団 八百長レーサーの告白』(西川昌希 宝島社)だ。

競艇関連の書籍で異例のヒット

この「競艇と暴力団」なる不穏なタイトルの書籍は、八百長レースに手を染めて引退したレーサー・西川昌希氏による、いわゆる「暴露本」である。
西川氏はA1ランク(全レーサーの上位20%)であったというから、競艇界のエリートと言っていいだろう。
28歳でまさに働き盛り、まだまだこれから稼げるのに、と惜しまれる人材であった。
もっとも、本人的には引退はまったく何の未練もなかったようではあるが。

この本は宝島社から単行本として2020年11月に刊行され、翌12月にすぐさま第二版の重版がかかっている。
そして2023年5月には宝島社から文庫本として再発売された。
『モンキーターン』を除く競艇関連本では類を見ないヒット作ではないか。
世にある数多のタレント本と同じく、本書も著者が自分で筆を執ったのではないだろう。
編集者が西川氏にインタビューしてその談話を告白口調で文章化したものと思われる。
その編集者のセンスが良いのだ。

専門用語や「知っている人にしか分からない」部分は極力抑えて、誰でも分かるアングルから冷静なトーンでしっかりと問題の本質に切り込んでいる。
筆致によどみがなく、目の前で西川氏のトークショーが繰り広げられているかのようだ。
そんな、知らない間に引き込まれている面白さが本作の売れている一因に違いない。

不正行為を理解するのが競技を理解する近道

さて、西川氏が手を染めた「八百長」とはどのようなものか。
八百長試合は勝敗が予め決まっているわけだが、過去に八百長が取り沙汰された相撲や野球などはどちらかがわざと負けることで成立する。
しかし、このような対戦型の競技は相手あってのもの、妙な表現になるが、互いの協力がなければうまくいかない。
野球など、投手が緩い球を打ちやすいコースに投げたからと言って打者が必ずヒットを打てるとは限らないし、ゲームの勝敗はまた別の要素が絡む。
しかし、競艇などのレース系競技はそうではない。
出走する当事者がわざとコケればいいのである。
自分一人で実行できて(見破られるかどうかは別として)達成の確実性が高い、これが競艇も含めたレース系競技の八百長のもっとも大きな特徴と言えるだろう。
もちろん賭け事と連動しているので、わざと負けるのは本命視される実力優位者である必要はある。
本命が4位以下に沈むことを競艇では「飛ぶ」と言い、エリートレーサーで常に1位候補の西川氏は自分がわざと負けることを「ブッ飛び」と呼んだ。
番狂わせが起これば配当金が高額になり、当てた投票券はいわゆる万馬券、万舟券となる。
共謀者は本命である西川氏を外した券を大量購入しているというわけだ。

しかし、だからと言って本命を外した組み合わせを全て購入するとしたら、当然ハズレも含まれるので大した儲けにはならないのではないか。
券を買うにも金がかかる、そこでクローズアップされるのが競艇の特殊性だ。
出走するボートは6艇、これは競馬の18頭、競輪の9車に比較して公営ギャンブルではもっとも少ない。
上位3位までを着順通りに当てる買い方を3連単と言う。
6艇が出走する競艇で3連単の組み合わせは全部で120通り、しかし確実に3位以内に入らない艇が分かっていて予想から除外できるならば、組み合わせは60通りと半分になる。
競艇でインコースが強いのは常識であるが、本命となるインコースがらみの選手を外した組み合わせならば配当は60倍くらいにはなる。
そうなれば、どの組み合わせでも大きな利益を得ることができる。
競馬や競輪は出走者が多く組み合わせが多すぎるので確実性が低いのだ。
ギャンブルは数学だが、このように不正という変数を入れて考えるとその競技の輪郭がつかめるような気がするのは私だけであろうか。
話は逸れるが、まだ何も知らない世界の仕組みを手っ取り早く知ろうと思うなら、そこの不正について書かれた本を読むのがお薦めである。

「八百長レーサー」に必要な資質とは

さて、前述のように、レース系の八百長を成立させるには、当事者が本命クラスの実力者でなければ大きな利益を生まない。
その条件だけでも難しいが、あえて言えばもう一つ条件はあると思う。
当事者の知的レベルが高いことだ。
西川氏はもともと暴力団組員の父親の家に生まれ、小学校時代に両親が離婚して親戚の家に預けられたものの、こちらも組関係者であったそうだ。
当然のように子供の頃からヤクザの生活を目の当たりにし、自分自身も「大人の遊び」を幼少時から嗜んでいたという。
そのような環境にあったので「不正」に対するハードルは低かったものの、判断力や分析力はまずまずレベルが高かったことがうかがえる。

本人が自覚しているかどうかは分からないが、前述の「競艇で1艇が確実に3位以内に入らない場合の3連単の組み合わせ」を即答できるくらいには、頭がキレる。
論理的に答を導き出せる「理系脳」ではないかと思う。
本書にも書いてあるが、八百長は一度や二度ならばまずバレないが、欲をかいてやりすぎるとオッズが不自然になり、カンのいいファンに疑われる。
その仕組みを西川氏は次のように説明している。

競艇における一般戦では、レース場によってかなり差はあるものの、売上が増えてくる後半レースでは1レースで売れる舟券が2,000万円から3,000万円だ。
“控除率”と呼ばれる胴元の取り分は25%なので、たとえば2,000万円の売上なら払い戻しの原資は1,500万円になる。
だがこの売上のレベルだと、大穴の3連単を1点1万円も買えば、オッズがいきなり大きく下がってしまう。
たとえば、最終段階で500倍の配当がついている舟券を1万円買うと、375倍にまで下がる。このようなオッズの歪みは的中した時に目ざといファンに気付かれる可能性がある

そこで西川氏は共謀者に「絶対に来ない」はずの自分を含む舟券も買わせ、オッズの歪みを調整していたというのだ。
しかし、共謀者は西川氏ほどの頭脳はなかったと見える。
最初こそ「利益は折半」と約束してその通りにしていたが、そのうちに一度のレースで数百万円が儲かる八百長の旨味を知ると西川氏に知らせないで2連単も買うなどして自分の利益を増やして自分の取り分を多くしていた。
結局そこから生まれた綻びが彼らを破滅へと導く。
やはりファンに見破られ、ネット掲示板などで噂が立ってしまったのだ。

八百長に魅入られたそれぞれの理由

では、西川氏が八百長に手を染めた理由は何だったのか。
そもそも、真面目にレースをすれば賞金でそこそこの暮らしはできたはずである。
これについて西川氏は、「金が欲しいから八百長をしていたのではない」と作中で告白している。
では、何なのか。

理由は二つある。

一つは、「スリル」の中毒になっていたのだ。
西川氏は八百長で得た金はほとんど競馬やオートレースなどのギャンブルにつぎ込んでいたという。
そして「負けまくっていた」。
それで良かったのだ。
原体験は新婚時代に夫婦で行った韓国のカジノだという。
負けが込んでほとんど持ち金がなくなり、これを溶かしたら無一文という局面から運が舞い込み、連戦連勝、無双を続けて短時間で大金を手にした。
地獄から天国、この幸福感がクセになっていたのだという。

そしてもう一つ、西川氏の奇妙な職人肌といおうか、「もっと工夫すれば効率的に大きく利益を出せるのではないか」という自らの仮説を検証したかったことだ。
西川氏はこれを「進化系八百長」と呼んだ。
本命の自分が4位以下に沈むのではなく、弱い選手を勝たせながら自分は3着に残るようにする、あるいは、他に強い選手がいたらその選手をブロックして潰す、あるいは勝たせる。
このようなことができれば、疑惑の目を逸らすことが可能だ。
もっとも西川氏は警戒心から八百長発覚のリスクを小さくしようとしたのではないだろう。
八百長でなくても、レースの順位を自分が決めることができれば(「ぶっ飛び」ほどの利益にはならないが)配当金は思うままである。
レースで3位や4位につけることは、1位になるよりもある意味難しい。

ボートで水面を疾走しながらパズルを解くかのような万能感を味わいたかった、とまでは書いていなかったが、この「進化系」にかかっているときの西川氏のレースに対する重圧感は「勝たなければ」ではなく「不正のシナリオをミスなく完成させなければ」だったそうなので、当たらずとも遠くはないと思っている。

結論 不正の最大の敵は「欲」

先述したように、西川氏と共謀者の八百長工作は共謀者が欲をかいたために発覚した。
では西川氏自身は常に冷静でいたのかというと、ある程度八百長に慣れて自信がついてくると、「もう普通にレースをして賞金を稼ぐ生活には戻れなくなってしまった」と反省している。
金儲けが唯一の目的でなかったとはいえ、一日で数百万円を手に入れられる方法を知ってしまったら、その沼からは抜けられない。
少々頭が切れようが、もはや理性の領域ではなくなるのだろう。
だから、不正がバレたのを共謀者のせいにだけすることはできない。
しかし、やはり相棒は選ぶべきだろう。

西川氏は検察の取り調べを受けても黙秘を貫き、調書にも一切サインしなかったという。
共謀者も逮捕されていることは知っていたが、「仲間は売らない」という西川氏なりの仁義であった。
一報で共謀者はどうであったか。

この男は実は競艇の八百長以外にも覚せい剤に手を出しており、そちらが露見することだけは避けたかったこともあるが、西川氏が黙っているのをいいことに、自分に都合のいいことだけをベラベラと喋った。
呆れたことに、西川氏が自分をそそのかして八百長に引きずり込んだという趣旨のことまで話したという。
そうして、共謀者の供述をもとに検察が描いた絵が「事件の全容」とされた。
これについて西川氏はいろいろと思うところもあるようだが、自分の身を守るための言い訳は一切していない。
不正に手を染めたのはあくまで自分の責任であり、責任を取るのは自分。
どちらが相手をそそのかしたか、どちらが儲けを多く取ったかなどは些細な問題だと。
思わず「カッコイイ!」と喝采を送りたくなるが、結局西川氏の黙秘は共謀者に都合よく利用されただけの格好になった。
無常の世においては、男の美学など単なる自己満足なのだろう。

さて、西川氏は本書が「教訓の書」となればいいと前書きに書いている。
教訓的なフレーズがいくつも出てくる本書であるが、極めつけはやはりこれだろう。
「不正の大敵は“欲”だ。少しでも多く儲けたいという気持ちに負けた時、完全犯罪は崩壊する」
今流に言えば(いい意味で)ヤバイ奴と言おうか、西川氏の身の処し方を見ていると、この若さで昭和の極道の臭いがする。
何をしてもひとかどの人物になるとは思うが、西川氏は今、どうしているのだろうか。

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Posted by 競艇の鬼