享年77歳!生涯現役を貫いてこの世を去った最高齢レーサー高塚清一選手は通算2398勝!

2025年3月12日

享年77歳!生涯現役を貫いてこの世を去った最高齢レーサー高塚清一選手は通算2398勝!

2025年3月1日。
春の始まりを告げるこの日の夕方、ボートレース界を大きな悲しみが襲いました。
最高齢現役選手・高塚清一選手が亡くなったのです。
入院している、体調を崩しているといった情報もなかったので、突然の訃報に多くのボートレース関係者、そしてファンは言葉を失ったのでした。

何より、最後に出場したレースが2月27日、亡くなる2日前ですよ。
死因は現段階では明らかにされていませんが、事故かもしれません。
それにしても、77歳まで現役を貫き、引退しないままこの世を去った高塚選手。
高塚選手とはどんな人物であったのかを振り返ります。

競輪選手を父に持つ生粋のレーサー

1947年3月7日、高塚選手は競輪選手の父親のもと、この世に生を授かりました。
高塚選手は生まれも育ちも静岡県。

ボートレーサーになったきかっけは父親に連れられて浜名湖競艇を観戦したことだそうです。
その時の感想が「自分なら、もっと上手に操縦できるんじゃないか」だったそうなので、父親から受け継いだ勝負師のDNAはかなり強力だったのでしょう。

ボートレースに魅せられた高塚少年は高校を中退して養成所の門を叩き、一発合格を果たします。
1965年11月、静岡支部所属の選手として浜名湖競艇場でデビュー。
デビュー節で初勝利をあげるなど上々の結果をもってボートレーサーとしてのキャリアをスタートしました。

「かまし」の名手として

高塚選手の得意技は「かまし」、後方アウトから追い上げて鋭く先行艇の内側を突き抜ける戦闘的なレーススタイルが持ち味でした。
「かまし」に必須のテクニックが艇の上に立って外側をキックするモンキーターン。
モンキーターンがボートレースの常識となっていくのは1990年代ですが、当時40代ですでにベテランの域に達していた高塚選手は、この革新的なテクニックをいちはやく自分のものにしていました。
さすがに近年はそこまでの荒々しい走りは影を潜めていましたが、無理しないようでいつの間にか上位に滑り込んで来る走りはまさにベテランの妙味を感じさせるものでした。

実績と獲得賞金

高塚選手は2000年にA1級レーサーに昇格、重賞レースにも数多く出場しています。
しかしながら、これといったビッグタイトルとは縁がなく、その記録はもっぱら「最年長」が頭につく「細く長く」のレーサーキャリアを象徴するものとなります。

2013年1月に常滑競艇場で優勝、このとき高塚選手は65歳10ヵ月で、当時の最年長優勝記録を樹立。
2020年7月12日、津競艇場3日目第2レースで逃げ切って1着、73歳4ヵ月で歴代最年長勝利記録を更新。
2024年3月7日、浜名湖競艇場で77歳の誕生日を迎えたその日に第3レースで1着となって自身の歴代最年長勝利記録を更新しました。
2025年1月25日、ボートレース平和島の「JESCOカップ・平和島劇場開設15周年記念」最終日第9レースで1着となり通算2398勝目をマーク、これが最後の勝利となりました。
もう少しで「78歳現役」と記録を塗り替えるところでしたが、その1週間前に記録更新は幻と消えました。

2015年以降の獲得賞金は次のようになります。
2023年 : 1,273万円
2022年 : 1,262万円
2021年 : 1,079万円
2020年 : 1,191万円
2019年 : 1,206万円
2018年 : 1,120万円
2017年 : 1,047万円
2016年 : 1,196万円
2015年 : 1,235万円

弟子はとらなかったレーサー人生

ボートレーサーは有力な先輩選手に「弟子入り」するのが通例となっていますが、不思議なことに高塚選手はこれほどの長い現役生活の中で弟子を取ったことがありません。
高塚選手に教えを乞いたいという後輩選手は数多くいたはず、と言うことは、おそらく断っていたのでしょう。

それだけを聞くと「自分の技術を他人に教えるのを嫌がるケチな人物」が浮かびますが、高塚選手にそんな評判はありません。
後輩選手の高塚選手に対する人物評も、「若手に対しても直立不動で話を聞いてくれる」「高塚さんが愚痴や人の悪口を言っているのを聞いたことがない」といったもの。
ケガから復帰する後輩選手に電話をかけて励ましたというエピソードもあるなど、誰からも尊敬される人格者であったようです。
これは想像に過ぎませんが、弟子を取らなかったのは、誰もがライバル、誰もが自らの努力で技術を高めるべきで、それこそがプロという哲学があったのではないでしょうか。
そう思えるのは、高塚選手自身も誰かの弟子になったことがないからです。

「皆で研鑽して技術を高めよう」というのも一つの考えですが、高塚選手は群れるよりも一匹狼でいたかったのではないかと想像してしまいます。
あるとき「楽しいって心境になれたら、大したもんだね」と語ったことからも、高塚選手にとってレースは常に生きるか死ぬかの真剣勝負だったのでしょう。
ところが、インタビューなどでは意外なギャップを見せてくれます。

インタビュアーから勝利したレースの展開について感想を聞かれ「運が良かっただけ」「ペラ以外何にもしてない」などとぼけたやり取りをしたかと思うと、若さの秘訣を聞かれて「女房と酒飲んで寝ること」と返すなど、茶目っ気のあるところを見せてくれます。
インタビューの模様は以下の動画をご覧ください。

昭和の雰囲気を持つ「プロフェッショナル」高塚選手は、当然身体の鍛錬も怠りません。
宿舎ではいつも体を動かしているらしく、またレースの翌日に登山に行くという驚きの証言もあります。
引退については考えたこともあったようですが、結局現役のまま人生を終えました。

「植木君みたいにSGを4つも5つも獲って早く辞めたかったよ」といった発言もありますが、さすがに70歳を過ぎてから「やり残したことがある」という感覚はないでしょう。
「まだできる」と思えるうちはやってみようと一戦一戦にのぞんでいたのではないでしょうか。

他にもいる!現役高齢ボートレーサー

定年がないボートレーサーの世界には、高塚選手以外にも高齢の選手がいます。
その証拠に、高塚選手が現役最高齢選手になったのは2015年、68歳のとき。
それまで最高齢レーサーであった加藤峻二選手の引退により高塚選手が繰り上がりでその座についたわけですが、加藤選手の引退時の年齢が73歳でしたから、加藤選手の現役生活も相当に長かったと言えます。

他の高齢選手は、東京支部所属の高橋二朗選手が1949年生まれの75歳、群馬支部の吉田稔選手が1956年生まれの68歳、女子選手では福岡支部の日高逸子選手が1961年生まれの63歳ですから、ボートレースは本当に年齢を問わないスポーツと言えるでしょう。
ちなみに、ボートレースのドラマ仕立てのテレビCMには俳優の笹野仁史さんが「レジェンドレーサー」として出演していますが、もちろんモデルは高塚選手だそうです。
しかし、おじいちゃんと孫くらいの年齢差の選手が戦うスポーツなど、ボートレースをおいて他にないですよね…。

話を戻しましょう、ボートレースには直近4期(約2年間)通算の平均勝率が3.80未満であれば引退を勧告されるというルールがあります。
自分から引退しなければ誰でも現役を続けられるというわけではないので、70歳を超えて現役を張るというのは相当に難易度が高いことは間違いありません。
高塚選手が亡くなったことにより、現役最高齢選手は高橋二朗選手となりました。
高橋選手が高塚選手の記録を超えられるかが注目されます。

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Posted by 競艇の鬼